大麻(ヘンプ)は麻薬ではありません。人間と地球にやさしい植物です。  - アサノハ asanoha

中山康直氏が語る"麻ことのはなし"

麻文化研究者 中山康直氏が語る"麻ことのはなし"

日本では昔から、大麻草のことを麻(あさ)と呼んでいました。英語ではhemp(ヘンプ)と言います。麻からは天然の良質な繊維や栄養豊富な食材、生薬の原料が取れます。最近では麻の実ヘンプオイルがスーパーフードとして世界中で話題になっています。
さらに、最近の研究によって、麻の花穂や葉に含まれる薬効成分が様々な難病を治療する薬になることが判ってきており、医療大麻として注目されています。
戦後に大麻取締法がGHQの方針で禁止される以前は、日本では麻を栽培することが国家によって奨励されていました。

※以下は2016年6月4日に行われた「第35回 中山弥栄塾」における講演内容です。
この内容を収録したDVDはこちらで販売されています。


麻は、衣食同源・居食同源・医食同源が体現できる万能な植物です。
万能すぎて地下資源を使う産業革命の世界的な政策から見れば時代の逆行ということになり、麻が歴史的に圧力を受けてきたという経緯があります。
日本では大麻取締法という法律がありますが、葉と花に薬理成分が含まれていて、医療に使用して病気が治ってしまうと薬が売れなくなったり病院が倒産してしまう可能性もあることから、麻薬(正確には「痲薬」と書く)として扱われて規制の対象になっているのです。

おがら

大麻草自体を栽培することが規制の対象になっていますが、ただ茎と種(実)だけを使用して伝統的、産業的に栽培したい人に栽培許可を与えるという仕組みになっています。
だから七味唐辛子には一味として麻の実が入っており、茎はお盆の迎え火としてホームセンターで販売されているのです。
麻の茎と種からは25000~30000種類ぐらいの工業製品ができると言われており、今の法律の基準内でも産業化することができます。

大麻取締法が出来たのは昭和23年(1948年)です。日本が戦争に負けた後にGHQが日本へ来て、様々な規制をした中での一つとして制定されました。
昭和25年段階では、日本に麻の栽培者が25000人以上いて、作付面積が4000ヘクタール以上ありました。それが今では、栽培者が30人ぐらいで、面積はたったの6ヘクタールです。
しかし、2013年から世界中で麻の合法化が始まって、2016年6月現在アメリカでは24州で医療大麻が解禁されていて、ヨーロッパでも様々な国が解禁を始めています。


その1. 伝統と麻


精霊馬

お盆の迎え火に連動して、キュウリやナスでつくる「精霊馬」(しょうりょううま)があります。
もともと、キュウリやナスに麻の茎の表皮を剥いた麻幹(おがら)で脚を付けていました。
仏教では仏さまが動物に乗ってやってくるという解釈があり、その動物を供養するためと、また動物の脚が無いと人を乗せられないので麻幹で脚を付けて供養しているのです。
それが、今は割りばしやマッチ棒になっています。ゲンが悪いですね。
迎え火や送り火にしても、麻幹を使うことが大切です。

花火に使用されている火薬の中に麻炭が入っています。麻炭でないと花火の彩も良くならないし、爆発力も伴わないそうです。
ということは、麻の茎や麻の炭が燃える火は、他のものが燃える火とは周波数が違うということなのです。
したがって、麻幹を燃やせば、ご先祖様に感謝の合図を送る事ができる。そのような先祖供養の架け橋になるのです。

ボドコ

そして、昔は赤ちゃんが生まれたら、人々の役に立って真っ直ぐ育って欲しいという親心で、麻の葉模様の産着が使われていました。
これは青森県の「ボドコ」というパッチワークの布です。子供が、ぼとって生まれてくる時に包む布だからこのように言います。
その家の代々のご先祖様が着ていた着流しや生活用品の布をとっておいて、それらをパッチワークにして1メートル四方ぐらいの布にして、生まれ立ての赤ちゃんをくるむのです。
これはご先祖様からいきなりハグされるという凄い文化ですよ。こんな祝福ないですよね。さらに先祖の人々が付けていた常在菌がこの布にたっぷりついてますから、その布で赤ちゃんをくるめば免疫力が上がって、予防接種の代わりになるのです。

青森県は昔、麻がモリモリ育つという意味で「麻森」と言われていたそうです。昔は緑色のことを青といってたので、それが青という森にかぶっていったのです。
青森の浅虫温泉は、麻を蒸すことに使われていた温泉だったのでこの名前が付いています。東北には麻とゆかりのある場所はたくさんあって麻の聖地ではないかと思います。

合掌造り

富山県の五箇山や岐阜県白川郷の世界遺産になっている合掌造り。
合掌造りの屋根の内側のところには、麻の茎(麻幹)がびっしり敷き詰められています。
夏涼しく、冬温かく、さらにこの麻の茎にはミクロン単位の穴が開いていて微生物の棲み処になっていて、健康住宅でもあるのです。

横綱の化粧まわしは、麻のしめ縄状の繊維で作られます。
横綱しかしないということは、相撲の世界で綱取りというのは大麻を取りに行くことなのです。

新潟県の創業明治32年の麻屋高野商店という、昔、麻の問屋さんだったところに、麻の漁網が展示されています。
この一本一本の糸が楊枝より細く、強度は高い。仕上げで柿渋染めで染めることによって、適度な重さになり、なおかつ海に溶けるように入っていくので、魚に目立たずに取ることができたという優れものなのです。しかも、もし切れて海の中に残っても海洋汚染の原因になりません。

昭和天皇

これは、昭和22年に昭和天皇が栃木県の国府町の麻農家を訪問した時の貴重な写真です。
翌年には大麻を取り締まる法律ができることが決まっていたので、天皇陛下が我が国の麻産業の行く末を案じていたとしか思えないような写真ですね。

天皇家では皇位継承の時にアラタエ・ニギタエと呼ばれる、麻と絹の神衣をお召しになって五穀豊穣・国家安泰を祈願しながら天照大神と一夜の食事を共にするという神事をします。
平成の大嘗祭の時にも四国の木屋平で栽培された麻が神官によって厳かに収穫され、それがアラタエとなって天皇に献上されています。

麻の万葉歌

これは麻の万葉歌です。

庭に立つ 麻手刈り干し 布さらす 東女を忘れたまふな

「麻を収穫し、布にしている日本の女性を、絶対お忘れにならないでください」という、先人たちの熱いメッセージがこの万葉歌に込められています。



│その1.伝統と麻│その2.食と麻その3.エネルギーと麻

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