既成概念を壊して理想郷の実現を目指したヒッピー文化

ヒッピー

ヒッピーとは1960年代後半に今までの伝統や制度に真向から反発し、既成概念を壊していこうとした人々のことを言います。
ヒッピーの発祥地はさまざまな説がありますが、アメリカのサンフランシスコのヘイト・アシュベリー地区と一般的にはいわれています。長髪でエスニックな衣装を身に着けたヒッピーは、短期間のうちに世界中に広まっていきました。
ヒッピー文化は反社会、フリードラッグ、フリーセックス、自堕落といったネガティブなイメージも残していますが、平和で真に自由な時代を創ろうとした彼らの思想は現代にも引き継がれています。

カウンターカルチャーという思想

ヒッピーたちの思想を如実に表しているのが、対抗文化とも呼ばれるカウンターカルチャーです。
アメリカでは1950年代まで蔓延していた古い支配的文化に対し、反逆する若者のエネルギーが育ってきた土俵がありました。
1960年代に入り、畳み掛けるようにベトナム戦争の拡大や、人種問題の激化が起こり、今までの社会のベースにあった常識が崩れてきました。それに触発されるように問題意識や怒りをかかえた若者が、特にカリフォルニアのサンフランシスコ付近に集まってきます。
ヒッピーは現代の政治や社会への問題意識を強く持ち、「ラブ&ピース」を合言葉にカウンターカルチャーを引っ張っていきます。
既成概念を壊そうとする彼らは、今までの決められた合理主義的な文化に反発し、愛と平和を歌い、人間本来の姿である自然に回帰しようとしました。
コミューンと呼ばれるヒッピー共同体の楽園を築き、マリファナ(大麻)やLSDでトリップすることにより、本質的な世界を求めていきます。
禅などの東洋思想も取り入れ、悟りの世界を体験した彼らは、アコースティックからエレキへ移り変わる音楽シーンの中でも、実験的でサイケデリックな音楽を創り出していきます。

ヒッピーが好んだファッション

ヒッピーファッションは、彼らのイデオロギーを反映して、エスニックやアジアンテイストを入れたワールドワイドなものとなっています。
アイテムとしては、Tシャツやジーンズ、フォークロアなどが好まれて着用されました。ジーンズは50年代まで作業着でしたが、ジェームス・ディーン以降若者に普段着として着用されるようになり、反戦ソングを歌うフォークシンガーやヒッピーの影響で若者の代表的な文化に浸透していきました。
フォークロアは、民族衣装の特徴を用いたファッションです。
インドなどのアジアンテイストや、アフリカン、ボヘミアンなどのエスニックなファッションが取り入れられています。アクセサリーも手作りでかわいらしいものが出回っていきます。ヘアースタイルは男性でも長髪が好まれ、ひげをはやしたままにします。
またバンダナ、スカーフ、カフタンなどを愛着し、女性も花柄などいろんなカラーを混ぜた色が使用されます。自由を求め、服を着ないという選択をする人もいました。
ヒッピーのコミュニティーでは理想郷を求め、男性も女性も裸で生活をした人もいます。また体にボディペインティングする人もいました。

ヒッピー文化とビートルズ

ビートルズ

1960年代後半、ベトナム戦争や人種差別反対運動を背景に生まれたヒッピー文化は、またたく間にアメリカからフランスや日本へと広がっていきました。
ヒッピーが世界に広がっていった背景には、愛と革命を歌う人気グループ、ビートルズの影響も強くありました。時代の変革期にあった1960年代は、当時アイドル的存在で大人気を誇っていたビートルズにも強く時代の精神を与え、今まで支配的だった政治や思想や文化に対抗していきました。
ビートルズは「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」など、ヒッピー文化を代表するアルバムを作り上げていきます。メンバーのジョージ・ハリスンがインドなどに悟りを求めて出かけて行きます。
ジョージ・ハリスンがヒンズー音楽をビートルズに注入し、シタールなどの楽器を使いはじめ、ビートルズの音楽はエスニックな色彩を帯びたものとしてヒッピー文化に入っていきます。

サイケデリック・ロック

サイケデリック・ロックで有名なバンドは、グレイトフル・デッドとジェファーソン・エアプレインでした。この2大サイケデリック・バンドは、社会や政治への問題意識を歌詞に取り入れ、思想的にもヒッピー文化をリードしていくことになります。
その後になると、内的な破壊力を持って登場したドアーズや、破壊的なパフォーマンスで有名なギタリストであるジミ・ヘンドリックスがシーンをリードしていきます。
こうしてサイケデリック・ロックとともに、ヒッピー文化は短期間のうちに、全世界に伝えられていくことになります。

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