武田邦彦コラム

日本の宗教観は世界で最も進んでいる

自然崇拝

日本の宗教観は世界で最も進んでいます。

世界のほとんどの国の宗教は、非常に苦しい生活の中から救いを求める形で出てきました。
精神的な苦しさをどう回避するかというところからお釈迦様、キリスト、ムハンマドなどが約500年ごとに登場して宗教ができたのです。
それらの原型は紀元前1000年あたりに出てきたエジプトのアラーの神であるとか、イランあたりに出てきた火の神様ですね。
それらの宗教は、砂漠での生活であったり、戦いが続いていて非常に苦しい社会に必要だったために生まれたので、一人の神様だけを祈って他の神様は許さないというように非常に過激です。
今でもイスラム教とキリスト教が争っていますが、こういうことが起こるのは宗教が単に生きる手段として必要だったということを意味しています。

ところが、日本の宗教はそのような発生源ではありません。
日本は温帯の島国で水が豊富にあり、時々自然災害があるという中で、八百万の神といって自然だけではなく人間も神として崇拝します。祖先もひとつの神様として崇拝されます。
日本人は集団を作って穏やかに生活しようとしていた中で、人間の考え方に何か欠陥があるということに気づきました。
自分だけが得をするように行動すると幸福になれると考えることが錯覚であるということに気がついたのです。その錯覚を取り除くための手段として宗教が生まれました。
どうも世の中を見ると、山も川も海も動物たちも、そしてご先祖様も皆協力してひとつの自然という中に住んでいる。
だから、自然というものを尊敬して神と崇めることによって、自分の利己主義といった欠陥を少なくすることが出来るということに気がついたのです。

宗教の三原則は教祖がいて経典があって戒律があるということなのですが、日本の神様だけがそれら全部無いのです。
日本の宗教は、山の神、海の神、大自然の神、古代の神話の神、亡くなった偉い人の神、それから異国から来たお釈迦様でもキリストでも何でも結構なんです。
太陽を拝んでお天道様が見ているから悪いことをしてはいけないと子供に教える、富士山を見ると富士山に手を合わせる。
そういうことをすることによって、たぶん縄文時代あたりに、皆が感謝しながら生きる事が一番大切な事だというのがわかったのではないかと思います。
日本人の宗教観は極めて優れていたので、日本はその後発展を続けて現在に至っているのです。

(2020.6.6 武田邦彦) プロフィール


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