中山弥栄塾、中山康直塾長による極楽セミナー - アサノハ asanoha

きっかけは「ど真ん中」のシンクロでした

◇中山弥栄塾【5周年】企画記事

きっかけは「ど真ん中」のシンクロでした

中山弥栄塾

中山弥栄塾は2010年にスタートし、2015年で5周年となりました。ここまでの経緯についてご紹介します。
(文: 中山弥栄塾事務局担当 やしろたかひろ)

実動と仮想で富士神界の華道を共有

私と中山康直さんとは、2006年に、ある勉強会で名刺交換をして知り合いました。
また、その翌年より、私は静岡県熱海市にある熱海断食道場のプロモーションのブレーンとなり、道場の創設者であった故・牧内泰道氏と親しいお付き合いが始まりました。牧内氏はアクティブで豪傑な人でした。

富士神界line

ある時、超シンクロが起きます。

牧内泰道氏と個人的に初対面した日に、私は熱海断食道場が特別な位置に存在しているかもしれないというインスピレーションを授かり、私は衝動的にグーグルアースの画面上に線を引っ張り始めたのです。
そして判明したことは、富士山のパワースポットと言われる北口浅間神社と、中山さんが住んでいる伊豆大島のパワースポットと言われる為朝神社を直線で結ぶと、その「ど真ん中」の位置に、熱海断食道場が所在する熱海伊豆山地区があるということでした。

私は、画像(右図)を添付して、中山さんへメールでこのことを報告しました。
そうしたら、中山さんがびっくり。私がグーグルアースにラインを記したちょうどその時、中山さんがそのライン上を移動し始めたタイミングだったのです。

その翌日に中山さんからいただいた返信メールの文面が衝撃的だったので、私のPCに保存してあります。
「谷代様からメールを頂いた時、僕は北口富士浅間神社に居ました。そして翌日、熱海経由で大島に戻りました。熱海で仕事の仲間とおちあい、大島の元町港着、為朝神社に参拝しました。そして、縄文事務所に帰ってメールを開けてみると、超シンクロのメールが谷代様から届いていたというわけです。富士神界の道を今一度、超リアルに体現してきていますので、このあたりの流れが、今とても重要なポイントになってきています。」

牧内氏との出会いが絡んで中山さんの富士神界の旅に私が想念で同行したことは、後にこの3名が火(牧内)と風(中山)と水(やしろ)の三身の関係になって中山弥栄塾を誕生させる伏線だったと私は考えています。

火… 熱く鋭くアグレッシブさを生み出す力
風… 障害物を跳ねのけて軽やかに縦横無尽に動く力
水… 衝撃を抑えて安定させる構造をつくる力

発起人は牧内泰道氏

このような経緯もあったことで、後日、私は熱海断食道場を訪れた際に牧内氏に縄文の褌をプレゼントし、そのシンクロの話と、中山康直さんの話をしたのです。すると、中山さんに講演をしてもらいたいので道場に呼んで欲しいと頼まれたのでした。
こうして、2008年の春、熱海伊豆山神社の参拝を兼ねた熱海断食道場での中山康直さんの講演会が実現しました。演題は「ミロクの華道」でした。
牧内氏が、中山さんの話を大笑いしながら聴いていたのが印象的でした。

熱海講演会の時の記事がこれです。
⇒ミロクの華道ラインのど真ん中で中山康直さん講演会

中山弥栄塾

それから2年後、牧内氏が熱海断食道場の東京事務所を開設します。その場所は、中央線と山手線が乗り入れる代々木駅前、すなわち「中山」ポイントであり、なおかつ住所が渋谷区代々木で「谷代」ポイントでもあり、これまたシンクロでした。
その事務所が入っているビル内に大きな貸会議室があり、そこで継続的に中山さんの講演会をやっていきましょう、と牧内氏から提案を受けた事が中山弥栄塾の始まりでした。
第1回目の中山弥栄塾は、2010年7月3日に開催されました。
講演会終了後の懇親会は、熱海断食道場の東京事務所内で道場特製の野草料理などをいただきながら行っていました。
途中で東日本大震災が発生し、その影響で塾の開催予定が1か月延期になったこともありました。

その後、牧内氏の体調不良もあって熱海断食道場の東京事務所は閉鎖することが決まり、以降は塾長の中山康直さんと私が協力してこの塾を継続する事になりました。そして、塾の会場を銀座に変更。
銀座開催時代には、中山さんには大麻裁判という大きなイベントがありました。また、牧内氏が逝去されるという出来事もありました。
このような経緯を経て、現在は亀戸の公共ホールを中心会場として塾が開かれています。

中山弥栄塾は中山塾長による極楽講座を主旨としていますが、2013年の年始には、ホテルの宴会場を借り切って100名の参加者を集め銀河パーティーを開きました。
これが、その時の記事です。
⇒キリロラ☆さんと中山康直さんが共演した銀河パーティー!

多くの人々に支援されて

これまで、スタッフとして支えてくださった、多くのボランティアの方々の存在なくして中山弥栄塾の5年間、30回という継続はありませんでした。
特に、代々木開催時代に協力してくださった熱海断食道場関係の方々、また、主に銀座開催時代に愛知の遠方から来て協力してくださった瀧﨑順子さん、そして現在、亀戸の公共ホールの予約手続きから協力してくださっている真琴奏者の出沼理恵子さんらの存在は、非常に大きなものとなっています。
また、忘れてはならない人として、私が中山さんと牧内氏との双方と知り合うきっかけを作ってくれた、いわば最初のキーマンになった片平さんという男性がおります。

話をする事自体がまだタブーだった時期から「大麻」という植物に果敢にフォーカスしてきたスピリチュアル界の風雲児・中山康直さんですが、世界中で大麻の価値が認められ始めるというパラダイムシフト期に差し掛かかり、これからますますパワーアップしていくことでしょう!

(2015年8月)

ゲスト講師としてお招きした方々

赤星栄志、夏目祭子、辻 徹也、西脇理恵(すぎはら美里) 、半田広宣  ※敬称略




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